「現場に女の子は危ないから」
「力仕事だから男性の方が向いてる」
「昔からそうだから」
建設現場でこんな言葉を聞いたことはありませんか?
私が建設業界を取材し始めて6年。
クラウドファンディングで資金を集めて飛び込んだ現場で、何度も耳にしてきた言葉たちです。
でも、ちょっと待って。
その”当たり前”って、本当に当たり前なんでしょうか?
誰が、いつ、どんな理由で決めたルールなのでしょう?
2024年現在、建設業で働く女性は約87万人。
全体に占める割合は18.2%と、まだまだ少数派です。
でも確実に増えている。
そして私たちZ世代は、従来の”常識”を疑うことに慣れている世代でもあります。
SNSで世界とつながり、多様性を当たり前に受け入れて育った私たちにとって、建設現場の”男性中心主義”は時代遅れに映ることも多いんです。
今回は社会構築論の視点も交えながら、建設現場の”当たり前”をジェンダーの観点から問い直していきたいと思います。
変えられないと思っていた風景に、言葉で風を入れられるかもしれません。
「当たり前」の正体を探る
建設現場に根付く”慣習”と無意識のバイアス
まず、建設現場にどんな”当たり前”が存在するのか整理してみましょう。
私が現場で見聞きした、よくある”常識”がこちらです。
- 重いものは男性が運ぶもの
- 高所作業は体力のある男性の仕事
- 現場の指示は年上男性から出すのが自然
- 女性は事務や設計などデスクワークに向いている
- 職人の世界は師弟関係が基本で、上下関係は絶対
これらの”常識”を疑わずに受け入れてきた結果、何が起きているでしょうか?
実際のアンケート調査では、女性が建設現場で働きにくいと感じる理由の74.3%が「女性が少ない・男性中心の職場の雰囲気」だったんです。
つまり、物理的な制約よりも、むしろ心理的・文化的な障壁の方が大きな問題になっているということ。
これって、まさに無意識のバイアス(アンコンシャス・バイアス)の典型例ですよね。
「男性の方が建設に向いている」という思い込みが、知らず知らずのうちに現場の空気を作り上げている。
でも、本当にそうなんでしょうか?
なぜ女性が「浮く」のか?現場での声から
建設現場で働く女性たちの生の声を聞いてみると、興味深い事実が見えてきます。
北友建設で働くNさん(二級建築士・インテリアコーディネーター)はこう語っています。
「若い時は現場で冷たくされることもありました。女性というだけで話を聞いてくれないということはありました。現場では私が職人さんに指示をしても無視されるけど男性の声になら耳を貸すとか、コーディ姉ちゃんとからかわれたこともありました」
一方で、星造園土木の鈴木さんは、こんな風に意識を変えているそうです。
「安全管理等について、たとえば実際に公園を使用する際は、背の高くない女性であれば庇の角にぶつかる恐れがあったりする箇所にコーナーガードを設置するなど、男性があまり気にかけないようなところに視点を置いています」
同じ現場でも、受け取られ方は人それぞれ。
でも共通しているのは、女性であることを理由に最初から除外されたり、過度に保護されたりする経験を多くの人がしているということです。
問題は、女性だから「できない」ということではなく、女性だから「やらせてもらえない」「信頼してもらえない」という構造的な排除なんです。
この現実を前に、私たちはどう考えればいいのでしょうか?
「効率」「力仕事」「上下関係」— それって本当に必要?
建設現場の”当たり前”を支える理由として、よく挙げられるのがこの3つです。
1. 効率性の追求
「慣れた人同士の方が作業が早い」
「新しい人が入ると教える時間がかかる」
2. 物理的制約
「重いものを運ぶには腕力が必要」
「高所作業は危険だから体力のある人でないと」
3. 伝統的上下関係
「親方の指示は絶対」
「年功序列で秩序が保たれる」
でも、これらの理由って本当に女性排除を正当化できるものでしょうか?
まず効率性について。
確かに慣れ親しんだチームの方が作業は早いかもしれません。
でも、それは性別とは関係ないですよね。
むしろ女性の参入によって、新しい視点や丁寧さがプラスに働く場面も多いはず。
物理的制約についても、現代の建設現場では重機や工具の進歩により、純粋な腕力に頼る作業は減っています。
それに、「力仕事=男性の仕事」という発想自体が、思い込みの産物かもしれません。
上下関係については、もっと複雑な問題です。
伝統的な職人の世界では、技術の継承や安全管理の観点から、厳格な師弟関係が重要な意味を持ってきました。
でも、その関係性の中に「男性が上、女性が下」という性別的序列が無意識に組み込まれていないでしょうか?
本当に必要なのは「秩序」であって「男性優位」ではないはずです。
私たちは今一度、建設現場の”効率”や”伝統”と呼ばれるものを、ジェンダーの視点から見直す必要があるのかもしれません。
現場に吹く新しい風
女性職人のリアル:選んだ理由と残る理由
「なぜ建設業を選んだのですか?」
この質問に対する女性たちの答えは、私たちの想像以上に多様でした。
造園業界で働く女性職人の一人は、こう話してくれました。
「ものづくりが純粋に好きだった。デスクワークより、自分の手で何かを作り上げる達成感が欲しかったんです」
別の女性は住宅リフォームの現場で活躍しています。
「お客様の多くは主婦の方。生活動線を考えたレイアウトや、実際の使い勝手を提案するとき、同じ女性だからこそ分かることがあると実感しています」
興味深いのは、彼女たちが建設業を選んだ理由が、「男性だから・女性だから」という性別役割分担とは全く違う軸にあることです。
むしろ以下のような理由が多いんです。
- 技術や技能を身につけたい
- 目に見える成果物を作りたい
- お客様の生活を支える仕事がしたい
- 独立して自分のペースで働きたい
そして、続けている理由も性別を超えた価値観に基づいています。
「技術を磨けば磨くほど評価される世界だと感じています。性別より技能が物を言う」
「お客様から『ありがとう』と直接言ってもらえる。この達成感は他では得られません」
実際、建設業で働く女性技術者は2014年の1.1万人から2024年には約4万人と4倍近くに増加しています。
彼女たちが現場に持ち込んでいるのは、既存の”当たり前”に縛られない、新しい仕事への取り組み方なのかもしれません。
Z世代の視点:常識への違和感と対話の試み
私たちZ世代が建設現場を見るとき、上の世代とは違う感覚を持っています。
それは「なぜそうなのか?」を納得できるまで問い続けるということ。
例えば、こんな場面があったとします。
「危険だから女性は高所作業はやめておこう」
従来であれば「そういうものだ」で終わっていたかもしれません。
でも私たちZ世代は違います。
「どういう危険があるんですか?」
「その危険は性別によるものですか?体格によるものですか?」
「安全対策を取れば、性別に関係なく作業できませんか?」
エビデンス(根拠)を求めるのが当たり前の世代なんです。
そして、納得できる理由があれば受け入れるし、納得できなければ改善策を一緒に考えたいと思っています。
ある現場で、若い女性職人さんがこんな提案をしていました。
「重いものを一人で運ぶんじゃなくて、二人で運ぶルールにしませんか?安全だし、性別関係なく作業できます」
これってまさにZ世代的な発想ですよね。
問題を「女性だから無理」ではなく「どうすれば全員が安全に作業できるか」という視点で捉えている。
私たちは「昔からそうだから」という理由だけでは納得しません。
でも、ちゃんとした理由があれば、むしろ積極的に協力したいと思っています。
この対話的なアプローチが、建設現場の”当たり前”を変える突破口になるかもしれません。
変わる企業、変わらない空気:制度と現実のギャップ
大手建設会社では、女性活躍推進に向けた制度改革が急ピッチで進んでいます。
制度面での進歩
大林組では2028年度を目標に以下の数値目標を設定しています。
- 女性管理職比率:9%
- 技術系女性社員比率:14%
清水建設では「ダイバーシティ推進室」を設立し、経済産業省の「新・ダイバーシティ経営企業100選」にも選ばれています。
さらに、LGBTQ+支援制度を導入する企業も増加中。
大林組は「PRIDE指標2024」で2年連続ゴールドを受賞し、同性パートナーへの福利厚生適用なども実現しています。
でも現場の実感は…
制度は整いつつあります。
でも、実際に現場で働く女性たちの声を聞くと、まだまだギャップがあることが分かります。
「女性用トイレがない現場がまだ多い」
「更衣室がなくて車の中で着替えている」
「『女性だから気を使う』と言われて、重要な作業から外される」
制度を作るのは比較的簡単です。
でも、現場の意識や文化を変えるのは時間がかかる。
この現実を前に、私たちはどう向き合えばいいのでしょうか?
制度と現実のギャップを埋めるために必要なのは、お互いの声に耳を傾け合うことかもしれません。
「なぜその制度が必要なのか」を説明する努力。
「なぜ変化に抵抗を感じるのか」を理解する努力。
どちらも大切な対話の一歩です。
「問い直す」ための視点とヒント
社会構築論から見る”当たり前”の構造
大学で社会構築論を学んだ身として、建設現場の”当たり前”を学術的な視点からも考えてみたいと思います。
社会構築論では、私たちが「自然」だと思っている社会の仕組みも、実は人間が作り上げた「構築物」だと考えます。
つまり、建設現場の男性中心主義も、生物学的必然ではなく、歴史的・社会的に作られた構造なんです。
建設業が男性中心になった歴史的経緯
- 工業化初期の労働分業
産業革命以降、「力仕事=男性」「細かい作業=女性」という分業が定着 - 戦後復興期の価値観
戦後の大規模建設ラッシュで「建設=男の仕事」というイメージが強化 - 終身雇用制度の影響
長期雇用を前提とした職人の育成システムが、家庭責任を負う女性を排除 - 業界文化の再生産
「昔からそうだから」という理由で、慣習が疑問視されずに継続
でも、これらの条件は今も同じでしょうか?
時代が変わったなら、働き方も変わっていいはずです。
SNSとクラウドファンディングが広げた声
私自身、建設業界に関わるきっかけとなったのは、SNSで出会った現場の女性たちの声でした。
TwitterやInstagramで「#現場女子」「#けんせつ小町」のハッシュタグを検索すると、たくさんの女性たちが日々の仕事を発信しています。
これって、すごく重要なことだと思うんです。
SNSが変えた3つのこと
1. 可視化
今まで見えなかった女性職人の存在が、SNSを通じて可視化されました。
2. つながり
孤立しがちだった現場の女性たちが、SNSを通じて情報交換や励まし合いができるようになりました。
3. 発信力
個人でも情報発信ができるようになり、現場のリアルな声が届きやすくなりました。
私がクラウドファンディングで取材資金を集められたのも、SNSでの発信があったからこそ。
一人ひとりの小さな声が集まることで、大きな変化の流れを作ることができる。
これがデジタルネイティブ世代の強みですよね。
さらに、テクノロジーの進歩により、建設業界でも新しい働き方やコミュニケーションのあり方が生まれています。
BRANUのような建設DXプラットフォームを活用することで、従来の慣習にとらわれない、より効率的で透明性の高い業務環境が実現されつつあります。
データで読み解く:女性比率、離職率、未来の兆し
最後に、数字から見える建設業界の現在地を整理してみましょう。
女性参入の現状
項目 | 2012年 | 2024年 | 増加率 |
---|---|---|---|
女性就業者数 | 約70万人 | 87万人 | +24% |
女性比率 | 13.9% | 18.2% | +4.3pt |
女性技術者数 | 1.1万人 | 4万人 | +264% |
確実に増加していますが、全産業平均45.5%との差はまだ大きいのが現実です。
働きにくさの要因(女性回答)
女性が働きにくいと感じる理由の上位3位がこちら:
- 女性が少ない・男性中心の職場雰囲気(74.3%)
- 女性専用設備の未整備(43.1%)
- 危険・体力的にきつい仕事(40.7%)
興味深いのは、1位が物理的問題ではなく文化的・心理的問題だということ。
改善に向けた期待
女性が働きやすくするために必要なこと:
- 男女別設備の整備(54.1%)
- 女性技術者を増やす(46.8%)
- 意識改革・偏見やハラスメントをなくす(44.6%)
ハード面の整備と同時に、ソフト面での意識改革も重要だと考えられています。
これらのデータから見えてくるのは、建設業界の変化は着実に進んでいるということ。
でも同時に、まだまだ課題も多いということです。
数字は現実を表しています。
でも、数字の向こうには一人ひとりの体験や想いがある。
私たちに必要なのは、データを読み解きながら、同時にリアルな声にも耳を傾けることかもしれませんね。
ジェンダーだけじゃない”排除”の構造
若年層、外国人、LGBTQ+――誰が現場で「歓迎」されているか?
建設現場の”当たり前”を問い直していくと、排除されているのは女性だけではないことが見えてきます。
若年層の声
Z世代の建設業離職率は他業界と比べて高い傾向にあります。
その理由を聞いてみると、興味深い答えが返ってきました。
「『昔はもっと厳しかった』って言われても、だからって今も厳しくする理由にはならないじゃないですか」
「なぜその作業手順なのか説明してもらえないと、納得して働けません」
私たちZ世代は「エビデンス」と「対話」を重視します。
根性論や年功序列だけでは動きません。
でも、これを「最近の若者は」と片付けていいのでしょうか?
むしろ、なぜそうするのかを明確にすることで、より効率的で安全な現場になるかもしれません。
外国人技能実習生の現実
建設分野の外国人技能実習生は約8.8万人。
でも、彼らの労働環境には深刻な問題があります。
- 本来の技術移転目的ではなく、労働力確保の手段として利用
- 職場変更が原則不可で、問題があっても我慢するしかない構造
- 言語の壁や文化的偏見による孤立
技能実習制度は2027年に「育成就労」制度に変更される予定ですが、現場の意識が変わらなければ、制度だけ変えても根本解決にはならないでしょう。
LGBTQ+の居場所
建設業界でもLGBTQ+支援制度を導入する企業が増えています。
大林組は「PRIDE指標2024」でゴールドを受賞し、同性パートナーへの福利厚生適用も実現。
でも、制度があることと、現場で安心して働けることは別問題です。
「カミングアウトしたら現場の雰囲気が変わるんじゃないか」
「『男らしくない』と言われるんじゃないか」
こうした不安を抱えながら働いている人たちがいることを、私たちは想像できているでしょうか?
包摂する現場とは?多様性を生む土壌の作り方
では、誰もが働きやすい現場を作るには、どうすればいいのでしょうか?
包摂的な現場の特徴
実際に多様性のある現場を取材してみると、いくつかの共通点がありました。
1. 透明性のあるコミュニケーション
- なぜその作業手順なのか、理由を説明する
- 疑問や提案を受け入れる雰囲気がある
- 定期的な対話の機会を設けている
2. 柔軟な役割分担
- 性別や年齢ではなく、適性と希望に基づいて役割を決める
- お互いの強みを活かし合う工夫がある
- 「できない」ではなく「どうすればできるか」を考える
3. 心理的安全性
- 失敗を責めるのではなく、学習の機会として捉える
- 違いを受け入れ、尊重し合う文化がある
- ハラスメントに対してゼロトレランス(一切容認しない)の姿勢
変化を生み出すための3つのステップ
多様性を実現するために、私たちができることを整理してみました。
ステップ1:気づく
まずは現状の問題に気づくこと。
無意識のバイアスや、排除的な慣習に敏感になる。
ステップ2:対話する
一方的に批判するのではなく、お互いの立場を理解し合う対話を心がける。
「なぜそう思うのか」を聞き合う。
ステップ3:実験する
小さな変化から始めて、効果を検証しながら改善していく。
完璧を求めず、試行錯誤を重ねる。
変化は一朝一夕には起きません。
でも、一人ひとりの意識が変わることで、現場の空気は確実に変わっていきます。
私が取材した現場で、ある職長さんがこんなことを言ってくれました。
「最初は女性が現場に入ることに戸惑いもあった。でも今は、その人がいることで現場がより良くなることを実感している。大切なのは性別じゃなくて、その人がどんな価値を現場に持ち込んでくれるかなんだと思う」
この言葉に、包摂的な現場づくりのヒントがあるような気がします。
まとめ
「当たり前」に風を通すとはどういうことか
この記事を通じて、建設現場の”当たり前”と呼ばれるものの多くが、実は歴史的・社会的に構築されたものであることを見てきました。
「当たり前」に風を通すとは、これらの慣習や思い込みに疑問を投げかけ、より良い方向への変化を促すことです。
それは破壊ではありません。
建設的な対話です。
私たちZ世代が持つ「なぜ?」という問いかけは、決して既存の価値を否定するためのものではありません。
より良い現場、より良い業界を作るための出発点なんです。
白石真帆が届けたいメッセージ
6年間、建設業界とジェンダーの交差点を見つめ続けてきた私が、今、一番伝えたいことがあります。
それは、変化は必ず起きるということです。
データが示すように、女性の参入は確実に増えています。
Z世代の価値観は、既存の常識を揺さぶり続けています。
多様性への意識は、企業レベルでも社会レベルでも高まっています。
でも、その変化の方向性を決めるのは私たち一人ひとりです。
建設業界で働く全ての人が、性別や年齢、国籍や性的指向に関係なく、その人らしく活躍できる現場。
そんな未来を作ることは、決して不可能ではありません。
必要なのは、お互いの声に耳を傾け合うこと。
そして、小さな一歩を踏み出す勇気です。
読者が持ち帰るべき”問い”
最後に、この記事を読んでくださった皆さんに、いくつかの問いを投げかけたいと思います。
あなたの職場や現場にある”当たり前”の中で、時代に合わなくなっているものはありませんか?
その”当たり前”は、誰かを排除したり、誰かの可能性を制限したりしていませんか?
もし変えられるとしたら、どんな現場にしたいですか?
そのために、今日から始められる小さな一歩は何でしょうか?
答えは一つではありません。
正解もありません。
でも、考え続けることで、きっと何かが変わっていきます。
変えられないと思っていた風景に、言葉で風を入れること。
それが、私たちができる最初の一歩なのかもしれません。
建設現場の”当たり前”を問い直す旅は、まだ始まったばかりです。
でも、その旅路に多くの仲間がいることを、私は確信しています。
一緒に歩いていきませんか?
最終更新日 2025年5月30日 by hitozu